神戸地方裁判所 昭和28年(カ)1号 判決
再審原告 田中せつ
再審被告 瀬野イセ
一、主 文
一、神戸地方裁判所昭和二三年(レ)第七号家屋明渡請求控訴事件につき、同裁判所が同年一一月二日言渡した判決はこれを取消す。
一、神戸簡易裁判所昭和二二年(ハ)第一八号家屋明渡等請求事件につき、同裁判所が昭和二三年一月二九日言渡した判決に対する再審被告の控訴を棄却する。
一、第二項の神戸簡易裁判所のなした判決を左の通り変更する。
再審被告は、再審原告に対し、神戸市生田区楠町二丁目二八三番地屋敷所在木造瓦葺二階建四戸一棟のうち、南端の一戸、建坪二〇坪〇〇五、二階一五坪八八九を明渡し、且つ、昭和二二年五月一日から、同年八月三一日まで一ケ月金五八円、同年九月一日から昭和二三年一〇月一〇日まで一ケ月金一四五円、同年同月一一日から、昭和二四年五月三一日まで一ケ月金三六二円、同年六月一日から右家屋明渡済に至るまで一ケ月金五八〇円の割合による金員を支払はねばならない。
再審原告その余の請求を棄却する。
一、再審前の訴訟手続並に再審の訴訟費用は全部再審被告の負担とする。
一、本判決中第三項に限り、再審原告に於て再審被告に対し、担保として家屋明渡の部分につき金五〇、〇〇〇円、金員支払の部分につき金一五、〇〇〇円を各供託するときは何れも仮にこれを執行することが出来る。
二、事 実
再審原告訴訟代理人は、再審原告と、再審被告の先代瀬野寅市との間の神戸地方裁判所昭和二三年(レ)第七号家屋明渡請求控訴事件につき、同裁判所が同年一一月二日言渡した判決に対する再審を求め、その理由として、「右控訴判決は再審原告の請求を認容した主文第二項記載の原判決を取消した上、再審原告(被控訴人)の請求を棄却し、第一、二審の訴訟費用をすべて被控訴人に負担を命じた再審原告全敗の不利益な判決であつたが、同判決は、昭和二四年三月七日確定した。然るところ前記寅市は、昭和二三年一月一五日の再審前の第一審に於ける被告本人尋問に際し宣誓の上、自分の建築中であつた家屋は資金の都合上他に売却した旨供述し、又同年七月一日の再審前の第二審に於ける控訴人本人尋問に際し、宣誓の上、(一)自分の職業は興行の紹介業である。(二)自分の家族は自分等夫婦の外姉玉井ふく及び娘二人の計五人であつて本件家屋の二階六畳は谷口つや子、岩崎あけみの両女が使用している。同人等は以前売笑婦であつたが、現在は更生して他の職業についている。(三)自分は家屋は所有しないない旨各供述し、前記確定した判決はこの供述を一資料として採用し、「右寅市が興行の周旋業を営み、本件家屋の階下に家族五人(解約申入当時は四人)で居住しているが、現在他に所有家屋がなく、他に移転することは極めて困難な状況にある」との事実認定をした上、家屋賃貸借解約に正当事由が存するか否かは賃貸人賃借人双方に存するいろいろの事情を比較考察し、これを社会情勢に照合して決すべきであるとの前提のもとに右認定事実を考慮に入れて判断した結果、再審原告主張の解約の正当事由の存在を否定して叙上の通り再審原告に敗訴の判決を言渡した。ところが、(一)右寅市は売淫業を営むものであつて興行の紹介業を営む者ではないし、(二)同人の家族は夫婦二人だけで姉玉井ふく、及娘二人と言うのは、ゐない。又(三)同人は昭和二二年二月頃神戸市生田区楠町二丁目四番地上に四戸の家屋を建築完成し、中三戸は他に売却したが、一戸は最近まで所有し、最近これを柿葺二階建に改築しており、少くとも右家屋を所有するに至つた後はその住居を移すに支障のない事情にあつたのであつて、右判決の事実認定に採用された寅市の前記各本人尋問に於ける供述は虚偽のものである。若し同人が右各本人尋問に際し、右の如き真実を陳述し、これによつて認定されるべき真実が比較考察されたならば、前記判決も亦再審原告の解約は正当事由に基くとの結論に達すべきであつた。仍て再審原告は、昭和二五年四月一一日、神戸地方裁判所に対し、民事訴訟法第三三九条に基き右寅市に対する過料の裁判の申立をなしたのであるが、その審理中である同年一一月七日に右寅市死亡するに至り、証拠欠缺以外の理由で同人に対する過料の確定裁判を得られなくなつた。仍てこゝに再審の申立に及ぶ次第である。」と述べた。
再審被告訴訟代理人は、「再審原告の訴を却下する。」との判決を求め、
答弁として、「再審被告の先代寅市が再審原告主張の再審前の第一審並に控訴審に於ける各本人尋問に際し、宣誓の上その主張の如く陳述したことは認めるが、それが虚偽であるとの点は否認する。仮にそれが虚偽の陳述であつて再審事由に当るとしても、これによつて認定された再審原告指摘の事項は前記控訴審判決の正当事由存否の判断を左右するほどの重要な事項ではない。右判決が再審原告の解約は正当事由に基かないと判断したのは主として、再審原告が昭和二一年三月その所有にかゝる本件家屋の棟続の一戸が空家となりこれに入居し得たに拘らずこれを池崎重雄に賃貸し折角の好機を自ら逸したとの点に着眼してなされたものであり、仮に再審原告が真実として主張する事項が認定されてそれが斟酌されたとしても再審原告の解約申入は正当事由に基くものとは判断し難く、結局において該解約申入は正当事由に基かない無効のものであるとの判断は正当であるから、本件再審の訴は却下さるべきである。」と述べた。
本案について、
再審原告(被控訴人)代理人は、「再審被告の控訴を棄却する、再審被告は再審原告に対し、主文第三項記載の家屋を明渡し、かつ昭和二二年五月一日から同年八月三一日まで一ケ月金五八円、同年九月一日から昭和二三年一〇月八日まで一ケ月金一四五円、同年同月九日から昭和二四年五月三一日まで一ケ月金三六二円、同年六月一日から右家屋明渡済に至るまで一ケ月金五八〇円の割合による金員を支払わねばならぬ。訴訟費用は再審被告の負担とする。」との判決を求め、
再審被告(控訴人)代理人は、「原判決を取消す、再審原告の請求を棄却する、訴訟費用は再審原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、
再審原告訴訟代理人に於て、「本件家屋は階下二〇坪〇〇五、階上一五坪八八九あり、部屋数は階下玄関二畳、居室六畳各一部屋、四畳半二部屋、階上八畳、六畳各一部屋があり、再審被告の家族数は二名である。再審原告は昭和二五年三月一日現住居に移つたがその夫は絹、人絹の加工業を現住居で営んで居り、狭隘で困却しているので本件家屋を住宅に使用し、現住家屋を仕事場等にする為本件家屋が必要である。再審原告は昭和二五年八月頃前記寅市に対し、再審原告所有の神戸市生田区楠町二丁目二八六番屋敷を提供する旨示談申入をしたが同人及び再審被告はこれに応じなかつたものである。本件家屋は住宅緊急措置令の適用のない家屋であり、仮に再審被告のなした本件転貸が同令の趣旨に添うものであつても再審原告の承諾なしには為し得ない。而して同令の適用のない家屋の居住者が第三者の同居を拒絶するのが権利濫用とならぬと同様、その家屋の賃貸人が転貸を拒むことも又権利濫用ではない。本件家屋の家賃の統制額は修正により昭和二二年九月一日から昭和二三年一〇月八日迄一ケ月金一四五円に、同年同月九日から昭和二四年五月三一日まで一ケ月金三六二円に、同年六月一日以降は一ケ月金五八〇円に増額せられた。」と述べ、
再審被告訴訟代理人に於て、「再審原告は、池崎重雄方に同居して居り、仮に同人が留守番でないとしても同人とは縁戚関係であるから、何等窮窟の思をすることもなく、ここに安住できたのである。仮にそうでないとしても、再審原告は本件家屋の外棟続きに六戸の貸家を所有し、そのうち北林、角谷の居住する各一戸に対しても不法占拠を事由とする明渡訴訟を起していたが、現在では北林方の明渡を受け、ここに家族とともに安住しているのであり、もはや本件家屋を使用する必要はないのみならず、再審原告所有の右六戸の中家族数三名の近藤、同一名の杉本の賃借する各戸に対する明渡の手段を差措いて殊更に最も居住者数の多い(八名の多きに上る)本件家屋を選び、再審被告に対し申入れた解約は正当事由に欠けるものである。又再審被告のなした前田力外数名に対する間貸が仮に転貸に当り、且これに付て再審原告が黙示の承諾を与えたものでないとしても、右転貸を理由とする本件解除は、住宅緊急措置令の趣旨並に余裕住宅に対する地方税賦課の趣旨より見て、権利の濫用である。尚本件家屋は昭和一三年以前の建築にかゝり停止賃料は、一ケ月金五八円であり、昭和二五年八月三一日以降の賃料が一ケ月金五八〇円であることは争はない。」と述べ、
他は再審前の第一審判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
先づ再審事由の存否について考へるに、再審原告と瀬野寅市との間の神戸地方裁判所昭和二三年(レ)第七号家屋明渡請求控訴事件につき、同裁判所が同年一一月二日言渡した「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決が、昭和二四年三月七日確定したこと。右寅市が再審前の第二審に於いて控訴人本人として再審原告主張の日宣誓の上、その主張通りの趣旨の陳述をしたこと、右確定した判決において、寅市の右第二審の本人尋問の結果をその一証拠資料として再審原告主張通りの認定がなされていること、再審原告が右寅市に対し右陳述を虚偽であると主張して当裁判所に過料の裁判の申立をなしたが同人の死亡によりその裁判を得られなくなつたことは何れも同事件記録に徴し明白である。而して、右瀬野寅市は昭和二五年一一月七日死亡し、再審被告に於てこれが相続をなしたものであることは、その作成の方式により成立を認めうる甲第六号証によつて明かである。よつて右寅市の右陳述が果して虚偽であるかにつき考へるに、証人福田友平、同岡利夫の各証言、及び再審原告本人尋問の結果に成立に争ない甲第一号証(再審に於て提出されたもの)を綜合すると、右寅市は、昭和二三年七月当時は売笑婦を置き、これ等に売淫を行はせていたものであつて、寅市が更生したと陳述している谷口つや子や岩崎あけみも当時同類の醜業婦であつたと認められ、右認定に反する証拠は存しない。尤も再審証人竹内伊三郎の証言によれば、右寅市が興行の紹介業をも行つていたことが認められるが、前記の各証拠を綜合すると、当時の寅市の職業は、むしろ売淫屋が主たる職業であつたと認めるのが相当である。而して、家屋賃貸借契約の解約について、正当事由の存否を判断するに当り、借家人が当該借家に於て醜業を営む者であるか否かは右判断の重要な資料となることは云うまでもないことであり、更には右谷口、岩崎の両名が当時醜業婦であつたにもかゝわらず、更生して他の職業に就いているとの虚偽の陳述をしているところから見れば、寅市は殊更にその従たる職業を自己の職業として陳述し、売淫業がその主たる職業であることを秘匿したものと判断されるから右のような陳述は、民事訴訟法第四二〇条第一項第七号の虚偽の陳述に該当すると解すべきである。次に前記甲第一号証、成立に争ない甲第三号証前記再審原告本人尋問の結果並に前記証人岡利夫の証言によると、神戸市生田区楠町二丁目四番地上に家屋番号第二〇番柿葺二階建家屋(建坪五坪七合五勺、外三坪七合五勺)が昭和二二年三月二五日新築され、その所有名義は中島清子として家屋台帳に登録されているのであるが、右中島清子は、昭和二四年五月一九日右寅市の養女として同人方に入り、翌二五年一月一三日同人方から転出した者であること、並に右中島清子から寅市に対し、右地上四戸の家屋の中、北端の一戸につき、その所有名義は中島清子となつているが、実は寅市の所有である旨の返り証が差入れられていること、又、右寅市が昭和二三年三月頃から同二四年二月頃迄売淫屋を営むについて本件家屋の外、右中島名義の家屋をも使用していたことが各々認められ、これらの事実によれば、特に反対の証拠のない限り右家屋は寅市に於てこれを完成し、前記第二審に於て同人が陳述をなした当時も引続きこれを所有し、且同人に於て当時これを使用し得る状態にあつたものと認めるべきである。再審前の第一審証人前田力の証言中右認定に反する部分は前記認定の各事実に照し真実を伝えるものとは思はれないし、他に右認定を覆すに足る証拠は存しない。そうとすれば、右寅市の前記第二審に於ける陳述中、当時同人が家屋を所有しないとの部分は真実に反するものであり、これ又民事訴訟法第四二〇条第一項第七号の虚偽の陳述に当るものと云わねばならない。尚再審原告は、寅市の家族は、夫婦二人だけで、姉玉井ふく、娘二人と云うのはゐない、と主張するが、斯る事実を確認するに足る証拠はない。しかるところ再審被告は寅市が右虚偽の点につき真実を陳述し、ために前記確定判決の認定が右真実の陳述通りになつていたとしても、再審原告の解約の正当事由に基かないとの同判決の判断に影響はなかるべき筈であつたから本件再審の訴は却下さるべきであると主張するが、賃借人が賃借家屋において営む主職業が前記のような醜業であること、又賃借人たる寅市が本件家屋の近所に前記のような住居を移しうる家屋を所有することが、右確定判決における再審原告主張の賃貸借契約解約申入の正当事由存否の判断を左右するに足ることは、その判決の理由自体に徴し明白であるから再審被告の右主張は採用できない。
果してそうだとすれば本件再審の訴は前記事由を具備する適法なものであるから当裁判所のなした前掲確定判決はこれを取消すべきものである。
よつて進んで本案につき審案する。
再審原告が本件家屋を所有し、昭和一九年三月までこれに居住してゐたが、その夫田中圭三郎が社用で中華民国に出張することゝなつて留守宅は婦女子ばかりとなり、又当時戦局が逼迫していた折であつたので武庫郡山田村の石原勇兵方に疎開することゝなり、本件家屋を訴外細川四郎に家賃一ケ月金五八円として期限の定なく賃貸したところ、昭和二〇年三月の神戸市の空襲以来、再審被告の夫寅市が家族と共に本件家屋に右細川と同居するに至り、その後右細川は本件家屋より退去し、その頃再審原告が予て本件家屋の管理を依頼していた訴外帝国信栄株式会社が右寅市から本件家屋の家賃を受領していたので再審原告に於てもこれを黙認し、爾来寅市に本件家屋を右細川に対すると同一条件で賃貸していたが、その後昭和二一年一二月一一日右寅市に対し右賃貸借契約解約の申入をなしたこと、前認定の通り昭和二五年一一月七日右寅市死亡により、妻である再審被告に於て相続をし現に同人が本件家屋に居住していることは当事者間に争はない。仍て右解約申入が借家法第一条の二の正当事由に基くか否かについて考える。再審前の第一審証人田中圭三郎、再審前の第一、二審証人池崎重雄の各証言によると再審原告は右解約申入当時前記疎開先の石原から明渡を要求されていて他に住家を見つける必要があり、又その夫田中圭三郎は昭和二〇年五月中華民国より帰国し右疎開先で終戦を迎えたが戦後漸次貿易も再開される気運となつたので勤先をやめて貿易商を営む意向で、神戸市内に住居を構える必要を感じ本件解約申入をなしたが、その後前記疎開先を明渡さねばならぬことゝなつて昭和二二年六月より本件家屋の棟続きで再審原告が賃貸している池崎重雄方の二階を借り、これに同居することとなつたが、そこは四畳半二間だけで、再審原告等夫婦と、二三才を頭に三人の子供との合計五人の家族では狭隘であつて、荷物も疎開先の近所に預けたまゝで、尚本件家屋を必要とする状態であつたことが認められる。而して再審前の第一、二審証人前田力の証言、並に再審前の第一、二審に於ける瀬野寅市本人尋問の結果によると、本件解約申入当時再審被告先代寅市は、本件家屋の階下四畳半、六畳の二間に家族四名と共に居住し、他の二階八畳の間は前田力に、二階六畳の間は岩崎あけみ外一名に、階下四畳半の間は清水春雄夫婦にそれぞれ間貸してゐたことが認められ、又右寅市は昭和二十二年二月頃降本件家屋の近くである神戸市生田区楠町二丁目四番地上に少くとも同人に於て使用可能な前記二階建家屋一戸を所有するに至つたこと、及び同人が売淫業を主たる職業とするものであることは前記再審事由の存否の判断のところで認定した如くである。右四番地に移るとすれば、寅市は淫売屋は営み難くなるし、前記同居者達までも移転させることは困難であろうが、かゝる醜営業は法律上保護されるに当らないし、もともと再審原告に無断で入れたことは争のない同居者であるからその人達が右家屋に移れないことは多く顧慮するに価しない。而して当事者双方の右事情は本件解約申入後六ケ月を経た昭和二二年六月一〇日当時においても存在したことは前記諸証拠に照し明かであり、これらの事情を当時の社会事情をも参酌して比較考察した場合、右解約申入は前記法条に云う正当事由を具備するものと云はねばならない。尤も前記田中及び池崎の両証人ならびに再審前の第二審証人松本ちゑの各証言に口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外池崎重雄の居住する本件家屋の隣家は再審原告の所有であつて昭和二一年三月空家となり同年四月再審原告から賃借したものであるが、同人はこれより先昭和二〇年一一月頃右賃借家屋の近隣にある再審原告所有家屋を賃借していた松本ちゑが他に転出して該家屋を返還するとの申出をした際、当時未だ急いで帰神する気になつていなかつた再審原告からその家を賃借することゝなり、荷物を運んだところ、右松本が転出を取止めたため、やむなく友人方二階に暫時同居を許されたものゝその住居の安定を切望していた矢先、前記家屋が明いたので、再審原告は義理合上同人にこれを賃貸せざるを得ない事情であつたことを認めうべく、右池崎は再審原告のための留守番であるとの再審被告の主張を認めて右認定を覆すに足る証拠はない。そうだとすると再審原告は使用可能の自己所有家屋を好んで他に賃貸したわけでもないことが明であるから右事情を前記諸事情に加えて考量しても再審原告に解約の正当事由があつたとの判断に変りはない。
再審被告は、再審原告は、本件家屋の棟続きに六戸の貸家を有し、その中最も多い八名の家族数を有する本件家屋の明渡を求めているが他の家族数の少い借家人である近藤、杉本に対しては何等明渡の手段を構じていないのみならず、右六戸の中の北林、角谷に対しては何れも不法占拠を理由とする明渡の訴訟を起しているのであるから、斯る事情は本件解約申入の正当性を阻却すると主張するが、再審被告先代寅市は前記のように本件家屋で醜業を営んでいたのであり、同居者が多いのは他人に勝手に転貸して自ら招いた結果であり、しかも昭和二二年二月頃以後は移りうべき自己所有家屋があつたこと前認定の通りであるからその家族の多少の如きは右の場合問題にならない。なるほど他人の不法占有する家があれば、適法な賃借人の借家の明渡を求める先にその明渡の方法を構じて見るのが道理であるが、その不法占有者が明渡を訴求されてもなお明渡を拒否して抗争している場合、これは事実上使用可能な家屋と同視しえないから、これあるの故を以つて直ちに他の賃貸家屋の解約申入の正当事由たる自己使用の必要性なしとはいゝ難く、ただ賃貸人側に不利で賃借人に有利な正当事由の存否判断の一事情とはなるが、成立に争のない乙第一号証の一、二と口頭弁論の全趣旨によれば再審原告は内一戸の不法占有者に対しては解約期間内である昭和二二年五月一九日に他の一戸に対しては同二三年五月一三日にその明渡訴訟を起していることが認められるが、右両者殊に後者は果して何時頃から不法占有となつたかにつき再審被告は立証しないから、これをどの程度正当事由存否判断の資料となしうるか不明であり、右前者に対するかゝる事情を考慮に入れるも再審被告先代が当時前記のような事情にあつた以上再審原告に解約の正当事由なしとは見られない。又再審被告は、再審原告は、昭和二五年三月一日、前記北林の居住する家屋の明渡を受け、現在これに移転してそこに安住しているのであるから、最早や本件家屋は必要でないと主張するが、斯る事情は前記解約申入がその効力を発生した昭和二三年六月一〇日以後の事柄であるから、右解約申入の正当事由を判断するについて考慮すべき事項ではない。以上の次第であるから、本件賃貸借契約は、昭和二三年六月一〇日を以て消滅したものであり、同月一一日以降前記寅市は本件家屋を再審原告に明渡すべきであり、右寅市の死亡によりこれが相続をなした再審被告は、右家屋を再審原告に明渡す義務あるものである。仍て更に延滞賃料並に損害金の点に付て考えるに、再審被告が昭和二二年五月一日以降家賃の支払をしていないことは同被告の明らかに争はないところであるから、これを自白したものとみなすべきであり、又本件家屋の頭初の停止統制額が一ケ月金五八円であり、本件家屋が昭和一三年以前の建築にかゝるものであることは何れもそのことにつき当事者間に争のない事実に徴しこれを認めうるから、本件家屋の統制賃料額は、昭和二二年九月一〇日物価庁告示第五四二号により同月一日から二・五倍に増額された一ケ月金一四五円であり、昭和二三年一〇月九日物価庁告示第一〇一二号により、同月一一日から更に二・五倍に増額された一ケ月金三六二円であり、昭和二四年六月一日物価庁告示第三六八号により同日から更に一・六倍に増額された一ケ月金五八〇円であり、その後の統制額が、同額を下らないことはその後の物価庁又は建設省の関係告示改訂の経過に徴し明白であるから、再審被告は再審原告に対し、昭和二二年五月一日から、本件賃貸借契約が消滅した同年六月一〇日まで一ケ月金五八円の割合の賃料、同月一一日以降同年八月三一日まで一ケ月金五八円、同年九月一日以降昭和二三年一〇月一〇日まで一ケ月金一四五円、同年同月一一日以降昭和二四年五月三一日まで一ケ月金三六二円、同年六月一日以降本件家屋明渡済に至るまで一ケ月金五八〇円の各割合による右統制賃料額の範囲内の損害金を支払う義務がある。
よつて再審被告の本件に関する控訴は理由がないから棄却されると同時に再審原告の損害金の請求の拡張は右限度において理由があるが昭和二三年一〇月九日と一〇日の両日の一ケ月金三六二円の割合による損害金の請求は前記昭和二三年一〇月九日物価庁告示第一〇一二号が施行せられたのは同年同月一一日からであるから、右告示による増額前の一ケ月金一四五円の割合を超過する部分は、理由がなく棄却すべきものである。よつて再審前の第一審判決は右拡張のなされた現在では失当であるからこれを右のように変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 石井末一 大野千里 林義一)